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長谷川第3ビル

東京/神田

東京都千代田区神田美土代町22

■レポート

創業から3年たった1963年8月、4カ所目の本社所在地である神田美土代町(みとしろちょう)の「長谷川第3ビル」に引っ越しました。
同年4月に変更した社名「株式会社日本リクルートメントセンター」も、4カ月後の引っ越しと同タイミングで「株式会社日本リクルートセンター」となりました。長すぎた〜かららしいです。「メント」トルツメ!
住所は、千代田区神田美土代町22、34坪のオフィスだったよう(創業10周年記念誌『リクルートと私』より)。さっそく、千代田区神田美土代町22の長谷川第3ビルを探しに行ってみましたが、残念ながら見つかりませんでした。
神田美土代町22という住所が存在せず、長谷川第3ビルもなく…。今の神田美土代町には、住友商事美土代ビル、住友不動産神田ビルなどが、どーんとそびえています。
神田美土代について、千代田区町名由来版から。
「江戸時代、この地域一帯には、身分の高い武士たちの屋敷が立ち並んでいました。とくに元禄(げんろく)年間(1688年~1704年)には、五代将軍徳川綱吉(つなよし)の側近として活躍した柳沢吉保(やなぎさわよしやす)が屋敷を構えていました。そのほか、老中(ろうじゅう)や若年寄(わかどしより)を輩出した由緒正しい武家の屋敷が軒を連ねていたこともはっきりしています。
そんな町に美土代という名がついたのは明治五年(1872年)のことです。かつて、この周辺に伊勢神宮(いせじんぐう)にささげるための稲(初穂(はつほ))を育てる水田「みとしろ」があった故事(こじ)にちなんで生まれた名前でした」
次の「西新橋第3森ビル」には、1964年9月に引っ越します。1964年4月に20人の新入社員を迎え、1年余りでオフィスは満杯になってしまったようです。その新入社員の1人が、『かもめ』創刊編集長の福西七重さん。上記『リクルートと私』で、「全社が一望できる細長い長谷川第3ビルのオフィスで…」と入社当時のエピソードを語っています。
大先輩のみなさま、長谷川第3ビルについて記憶やエピソードがありましたら、ぜひお寄せください。
<本社所在地の変遷>
◎は「兵どもが夢の跡」で発掘済み ★今回
◎1960年3月:第2森ビル
・1960年9月:第4森ビル地下
・1962年7月:第4森ビル4階
・1963年4月:三幸ビル
★1963年8月:長谷川第3ビル
・1964年9月:西新橋第3森ビル
◎1965年9月:ニュー八重洲ビル
◎1967年11月23日:神田橋第一ビル
◎1972年8月20日竣工:リクルート西新橋ビル

・コメント






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かもめ時代のお宝博物館

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