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リクルート天神ビル

福岡/天神

福岡市中央区舞鶴1-1-3

■レポート

親富孝通り…いや親不孝通りのほうがしっくりくるなーー と昭和通りの角という好立地! 裏には当時話題の大バコディスコ・マリアクラブがあり、エレベーターも飲み屋ビルクラスの派手さのせいか、よくボデコンのおねいちゃんが間違って上がってこられてました。お向かいはこれまた名物屋台小金ちゃん。そういえばなぜか当時の九州支社には黒服あがりという人が多かったなー。喫煙コーナーがある日突然、九州メンバーは立ち入り禁止になりやたらシュッとした人が出入りするごとなったねーーと思ってたら、暁の駱駝の皆様でした✨(Keiko Inoue)

・コメント

懐かしいですね。福岡ドーム開業の翌年からよくお伺いしてました。メディアファクトリーのオフィスもありました。夜は営業カバンを持ったスーツ姿の…が出られると教えられて…ビビりました。(今野徹)

僕は、博多駅前の九州官業リクルートビルから移って来た数少ない人間の1人ですが、移動したすぐからいっぱい目撃情報が寄せられましたー^_^我々、広事制作的には、トレスコって、写真をトリミングする黒幕のボックスにアタマのない男性が居て、それをメンバー数名が声を出さずに目配せで共有したり…してましたぁ。バブル真っ盛りの徹夜が当たり前の時代でしたね!もちろん、親不幸(当時)通り、今の親孝行通りには、仕事終わりには欠かさず出かけてました。マリアストリートは某観光会社の社長の娘の名前を付けたらしく、ベルサイユパレスの裏手のふとっぱらは、皆様の溜まり場でしたね^_^(堤田修)

引越し委員の一人でした。新オフィスお披露目の社内パーティには家族を招待したというような記憶があります。角のビルにナーナック、インドカレー屋さん。辛さレベルを選択できるのですが、私は一番辛くないレベルでもダメでした。(加藤恒久)

92年4月に赴任して3年勤務しました。残業して裏口から出ると、親不孝通りの喧噪。路上ライブに驚きました。前任の高宮さんからはビルの霊感スポットの引継ぎを受けましたねぇ。しかし親不孝通りを親富孝通りと読み替えてから、繁華の中心は西通り・大名へと移り、風俗店の目立つ寂れた通りになっていった気がします。(佐藤一雄)

週末夜、オフィスから親不孝通りを見ると、うじゃうじゃと若者が歩いていましたね。そして、向かいのビルの同じ高さで、ベランダには飲み客が。ほんま、バブル真っ盛りでした。(日吉孝夫)

ビルの周りは夕方になると屋台からの匂いが立ち込めて仕事どころではない感じでしたねえ。5年前くらいに前職の支社長に公園側の「晴れたり曇ったり」に連れていってもらいました。(長沼一郎)

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かもめ時代のお宝博物館

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